サナブリ真木のなるほど!ブログ

カフェを経営したり、子育てしたりする中で、気付いた事を発信していきます!

手放したもの その9 遠慮

こんにちは!!

サナブリ真木です。

いつも読んでくださってありがとうございます!!!

 

毎日、私は

「手放して、自由になりました!」

という体験談を書いています。

 

「ほんで、どんだけ握ってんねん!」

と思われる方もいるかもしれませんが、何かひとつを、握りしめることは、100個を握りしめるという事なのです(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

だから、ひとつを手放す事は、100個を手放す事になるのだと思うのです!

 

今日は、私の母から学んだ、

「遠慮」

について書きたいと思います。

 

私の母は、オーガニックショップハラペコあおむしの代表で、どこからどう見ても、優しい農家のおばちゃん、というかおばあちゃんという感じの人物です。

その名を「美和子」と言います。

 

知っている人は、分かると思うのですが、本当に一言では話せない、要注意人物なのです。

 

母は、お金や、肩書きがあるわけでは無いのに、こうなったらいいな〜という事があれば、10年でも20年でもかけて言葉にして、周りの人に言い続け、ほとんど全ての事を実現していくという不思議な力を持った人なのです。

 

私が、実家がある伊賀に帰ってきて、お店を始めることになったのも、母が、

「真木ちゃんが伊賀に帰ってきて、レストランやってくれたらいいな〜」

と会うたびに言っていたからなのです。

サナブリを始めてからも、市議会議員の人やら、茶髪の若いお兄さんやら、とにかくものすごく沢山の方に

「お母さんにお世話になっています」

と言われました。

 

私は、どうお世話してるのか分からず、とりあえず

「ご迷惑をおかけしております」

と謝っていました。

 

というのも、私の中では、母の辞書には、全く「遠慮」という文字が無く、ものすごい勢いで、人を巻き込んでいくイメージがあったからです。

 

子供の頃から、母は、周りの友達のお母さんとは全く違いました。

 

お化粧や、お洒落などは一切せずに、いつも色々な所に土がついて汚れていて、ボソボソ話すのが何とも独特で、母を友達に見られるのを恥ずかしいと思っていた時期もありました。

 

高校生の時、友人と6人くらいで家の近くで遊んでいた時の事です。

 

みんなで写真を撮りたいと思い、近くにいた母に

「写真撮って」

と頼んだ事がありました。

すると、母は、急にサッと身を隠し、

「いないよ」

と小さく、ミッキーマウスのような声で言っているのです。

私は耳を疑いました!

絶対にそこにいるのです。

「お母さん、恥ずかしい」

と子供によく言われていた母は、見られてはいけないと思ったのでしょう。

 

ですが、完全にいるのがバレている為、私はどんな顔をしたらいいか、分からなくなったのを強烈に覚えています。

 

また、私が小学生だったある時、母と2人で出掛けた時に道に迷った事がありました。

 

母は、沢山、人がいる中で、わざわざ

パンチパーマにサングラスで、アロハシャツを着た、かなり気合いが入った兄さんの所に歩み寄り、すごい笑顔で道を聞き出したのです。

私は子供心に

「その人だけはやめて!」と泣きそうになりました。

そのお兄さんも、道を聞かれた事など無かったのでしょう。

すごく慌てて教えていたのでした。

 

今でも、サナブリに野菜を持ってきてくれるのですが、勝手口のドアをほんの少しだけ開けて、隙間から顔を覗かせて、低い声で「真木ちゃん、なす置いとくよ〜」とボソッと言ったりりするので、とにかく恐く、何度スタッフがビクッとしていた事か!

完全にお化けです(-_-;)

 

そんな、母ですが、

母の一番の特徴は、

全てを天に任せて生きている事では無いかと思うのです。

「自分が得したい。好かれたい。すごいと思われたい。」

という欲はなく、

「神様、この私を使って世の中と、未来の子供達の為に必要な事をしてください。」

というスタンスでいつもいるので、私が!という自我や欲が全く見受けられないのです。

 

 なので、 やる事なす事、普通のお母さんとは違います。

 

私が思春期の時、友達とのトラブルで、向こうの親子さんが、謝りにきた事がありました。

誰がどう見ても、こちらが被害者という構図が出来上がっていて、すごく心配をかけていたので、私は、母が怒るかな?と思ったのですが、

次の瞬間

深々と頭を下げて、当人と、親子さんに

「すみません。すみませんでした!」

と必死に謝っていたのです。

そこにいた全員が、驚いてしまって全く動けなかったのを覚えています。

 

また、主人と結婚するために、実家に挨拶に行った時も、

主人に「娘を幸せに出来ますか?」

と聞くのでは無く

私に

「真木ちゃんが、みのるさんを幸せに出来るならいいんじゃない。」

 

とボソボソと一言だけ言ったのでした。

 

これが、かの有名な「美和子の呪縛」

です。

私は、「主人を幸せにしなければならない」

を強く握りしめて生きる事になるのでした。

クッソ〜!

 

そんな、母は、いつも、人の為、地域の為、未来の為に生きていました。

 

自分が美味しいものを食べたり、服を買ったり、旅行に行ったりする事などには一切興味が無く、ただ、良い世の中にする為に、神様に自分を使ってもらうのを、たまらなく喜んでいるような人でした。

 

(まだ死んでいませんが)

 

私は、今まで、母が、あまりに遠慮が無く、沢山の人を巻き込んでいくので、ヒヤヒヤしたり、心配したりしていましたが、自分が多くのこだわりを捨ててみて、初めてその意味が分かったような気がしています。

 

「遠慮」というのは、

「人に迷惑をかけてはいけない」

から生まれてくるのですね。

 

「自分の為に時間や労力をかけさせてはいけない」

「自分は迷惑をかけたら受け入れられない。」

自分がというエゴが無い母には、「遠慮」

というのは、全く必要の無いものなのです。

 

自分と全ての人の価値は、迷惑をかけたり、かけられたりする事で減るものではありません。

 

ですから、助けて欲しければ、遠慮無く頼り、頼られても、無理な時は、遠慮無く断ればいいのだと思います。

 

基本的に人は誰でも役に立ちたいと願っているのですから!

 

そして、

「自分が!というエゴを手放せば、必要な事が、必要な時に、必ず実現していく」

という事が、母を見ていて分かりました。

 

本当に全てにとって最善であればそうなると信じて、自分も相手も疑わず、1人で頑張りすぎずに生きたいものだと思います。

 

とは言え、その領域にはなかなか行けないのも事実です。

 

もし、母に何か頼まれて困ってる方がおられましたら、さっと身を隠して、

「いないよ」

と言っておいて下さい。

本当にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんです。

 

長くなってしまいましたが、読んでくださってありがとうございました!

またお会いしましょうo(^o^)o