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サナブリ真木のなるほど!ブログ

カフェを経営したり、子育てしたりする中で、気付いた事を発信していきます!

「痛み」から逃げたくて、必死に逃げ回っていた私ですが、最近痛みとの向き合い方を覚えました!

こんにちは!

サナブリ真木です。

 

サナブリでは、2月1日から2月14日まで、バレンタインスイーツプレートを販売しています。

 

一押しのショコラスイーツを4種類、贅沢に召し上がっていただけます。

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☆チーズマーブルショコラ

☆テリーヌショコラ

☆オレンジショコラのビスコッティ

☆ホワイトチョコのマーブルアイス

750円です♪

チョコ好きの方は、ぜひこの機会にご来店下さいませ〜!

 

夜は2月中、熱々アヒージョフェアをやっております。

アヒージョのオイルをパンに付けて食べるのは本当に美味しすぎて、危険です!

 

アヒージョ好きの方もご来店お待ちしております(´∀`)

 

さて、今日は、私が、本当に嫌いで、怖くて、一番受け取るまいと、逃げ回っていた「痛み」について書きたいと思います。

 

私は子供の頃から痛い事が大嫌いでした。

注射、怪我、腹痛、頭痛、筋肉痛でさえも、とても嫌で嫌で、何とかして逃げ切れないものか?と考えていました。

 

ついでに言うと、暑いのも寒いのも嫌いでした。ジメジメしているのも、虫に刺されて痒いのも、雑音がうるさいのも苦手でした。

 (自分はすごくうるさいのに(^-^;)

 

そして、肉体の痛みだけではなく、勿論、心の痛みもとても嫌いでした。

 

傷つくのも、傷付けるのも、罪悪感も、世の中の心が痛むニュースも、とにかく避けたくて、なるべく、受け取らないで済むように、心に鎧を着て、痛みを感じずに、痛みを跳ね返せるように工夫して生きてきました。

 

そうする事で、強くなれたと思っていましたし、自分が強くなる以外に方法は無いのだと思っていました。

 

でも、最近になって分かった事があります。

 

私を苦しめていたのは、本当は、痛みでは無く、痛みを受け取るまいとする私の判断の方でした。

 

これは、愛そのものとなって生きる事を教えていただいている先生から伺った事です。

 

先生は、このように仰っていました。

 

 

痛みと苦しみの違いは何だと思いますか?

 

ライオンの子供がサバンナで怪我をして動けなくなった時、ライオンのお母さんは、群の為にもその子を置いて行かなければなりません。

空にはハゲワシが、今にも飛びかかろうと子供のライオンを狙っています。

そんな時、ライオンのお母さんも、ライオンの子供も、とても悲しい目をしています。

痛みを抱え、悲しみと共にいるのです。

でも、嫌だ!それは出来ない!と暴れたりしませんし、パニックになったりもしません。

お母さんは、はっきりと理解した上で、2回3回振り返りながら、子供をそこに残して前に進むのです。

静かに痛みと共にあり、それを受け入れているのですね。

想像するだけで、とても悲しいですね。

 

痛みというのは、生きていれば必ず起こる事です。

それを受け取るまいとすれば、必ず苦しみが生まれます。

ですから、痛みはいらないと拒否しなければ、ただ痛いだけなのです。

痛みが無い人生なんて、愛は育たないんですよ。だから、人生に痛みは必要です。

痛みと闘わない事です。逃げようとしない事です。

ただ、痛みと共にいればいいのです。

痛い自分を客観的に眺める事です。

そうしていれば、静かに終わっていくのです。

 

 

私は、このお話を聞いて、とても思い当たる節がありました。

 

それは最近、

これは、欲しい!

これは、いらない!

 

と起こった事を判断するのをやめ、コントロールしようとせずに暮らすようにしていたら、だんだん痛みが怖く無くなってきていたのです。

 

というのも、あんなに苦痛だった、火傷や怪我、罪悪感や、周りの人からの反発がだんだん、苦しくなくなり、

あれ?

そんなに痛く無いぞ?

思ってたより全然大丈夫やん?

何であんなに怖かったのかな?

と感じるようになっていたのです。

 

これは、間違いなく、痛みを受け入れられるようになってきたからだと思います。

 

私がどうしても抜け出せなかった苦しみは、痛みを受け取らないという、自分自身の価値判断からやって来ていたのです。

 

褒められるのは欲しい

貶されるのはいらない

優しさは欲しい

厳しさはいらない

あたたかさは欲しい

冷たさはいらない

愛は欲しい

孤独はいらない

 

と自分に起こる事を、受け取ったり拒否したりと選択し判断していたので、色んな所で闘いが生じていました。

そして、闘えば相手は強くなるという法則から、私の敵はどんどん大きくなっていったのでした。

 

今、私が日々感じているのは、

「やっぱり自分にとって必要な事しか起きないんだな。」

という事です。

それを確信してしまえば、起こる事1つ1つにそんなに怯えなくてもよくなっていくんですね。

 

私は、自分にとってマイナスな事が起こる事を避ける為に、中長期的な目標を決め、それを今日の行動に落とし込み、一生懸命欲しいものだけが手に入るように、コントロールしようとして生きてきました。

リスクマネジメントが甘いと大変な目に合うかもしれないと、いらないものが入って来ないように、気を張って見張りながら、頑張ってきました。

 

でも、考えた事、言った事、行動した事の源は何だったのか?と聞かれたら、今考えると、不安だったとしか言いようが無いと思うのです。

 

不安という意識状態は、呼吸、言葉、行動を司り、不安になる現象を連れて来ます。

 

ですから、私は、起こる事1つ1つを受け取るか受け取らないか判断するのをやめて、全部マルッと受け取って行きたいと思うのです。

 

痛みや悲しみも、ただ純粋に受け入れて、判断せずに、ただ丁寧に今と共にあるという体験を通して、愛を育て深めていけたらと思います。

 

今日も、痛みと共に過ごしましょう。

今ある身体や、心の痛みは、私達の愛を育てくれます。

やはり、痛みを体験しないと、人の痛みが分からないんですね。

やっぱり、必要の無いものなんて、本当はひとつも無いという事ではないでしょうか?(´∀`)

だから安心して、感謝して受け取りましょう!

 

必ず、あの時あれがあったから、今の私が在るんだと言える日が来るのだと思います。

 

痛みの分だけ愛を深める事が出来るんですね!

神様、いつも最高のギフトをありがとうございます。

 

今日も読んで下さってありがとうございました(´∀`)また、お会いしましょう!