掃除をしていて気付いたありがとうございますの力
こんにちは。サナブリ真木です。
集中豪雨、台風、地震と、一体どうなっているのでしょうか。
今自分が出来る事は何かを考える毎日です。
今日は、先日書きました、掃除をしていて気が付いた、ありがとうございますの力について書きたいと思います。
2〜3年前まで、目に見えないものをあまり信じて来なかった私は、
「お金が欲しければ、水回りを綺麗にすると良い」
というような言葉を、占いか迷信のように受け取ってきました。
私の中では、
「お金が欲しければ、バイトに行けば良い」
と言われた方が
「なるほど!そりゃそうや!」
とスンナリ納得出来たのです。
ですから、直接的では無いアプローチが、なんだか胡散臭いし、まどろっこしいなとどこかで思っていたのです。
ですが、日々、ありがとうの気持ちで掃除していると、そのパワーに驚かされます。
このままいくと、西木棒なるものを開発して、講演会で全国を飛び回ることになるかもしれません。
掃除が大好きな方からすると、今更?という感じかもしれませんが、掃除嫌いだった私が一番驚いているのは、
「綺麗になると気持ちがいいではないか!」
という事では無く、
「感謝を込めて磨くと、自分の中の要らないものがどんどん落ちていく!」
という事なのです。
私がもっと掃除をしようと思ったのは、ひとつのきっかけがありました。
サナブリには、使った水を下水に流す前に汚れを取るグリストラップという溝のようなものがあります。
そこには、油や汚れが溜まり、その汚れを放っておくと、さらに腐敗して大変な匂いになる為、定期的に掃除する必要がありました。
お客様が帰ってから行う為、私はこれまで、この汚れ仕事を主人に任せて、自分は生産性のある仕事をし、少しでも早く子供の所へ帰ろうと心がけていました。
主人は、そういう仕事がどちらかというと好きなので、適材適所(^ ^)!と思っていました。
ですが、営業時間を短くしてから、時間的に私が掃除する事も可能になった為、こまめに汚れを溜めないように毎日グリストラップの掃除をし始めました。
最初は臭いので、手袋をして、嫌々やっていました。ですが、だんだん、この下水が如何に大切な役割を担っているかが分かってきて、素手で感謝とともに行うように変わっていきました。
すると不思議な事に、これまで握りしめていた、プライドが少しずつグリストラップの中に流れて行くように感じたのです。
私は経営者だから、一番重要な、メニュー開発、スタッフの教育など、売り上げに直結する仕事をしなければとどこかで思っていました。
では、サナブリから出た、ヘドロや汚れを受け止めて、綺麗な水にしてから下水に流すという役割を引き受けてくれているこの溝は、大切な仕事をしていないのか?
グリストラップの仕事こそ、隠れた縁の下の力持ちなんだと分かるようになってきたのです。
そして、この溝の働きに感謝を込めて掃除するという事は、正に経営者の仕事ではないのか?と思うようになっていきました。
更に、先日出会った掃除の本により、なぜ、感謝と共に掃除する事で、運気が上がり、要らないものが手放せるのかがよく分かりました。
ものを綺麗にするという事は、最高に愛の行動であり、愛の現れなんですね。
自分の最愛の子供が、汚れていたらどうするでしょうか?
汚れを拭いて、あったかいお風呂に入れて綺麗にしてあげるのではないでしょうか?
部屋や物を汚いまま放っておくという事は、ある意味、無視するという事なのですね。
よく聞く話かもしれませんが、こういう話があります。
3つのりんごの話です。
一つには、毎日「ありがとう。愛してるよ。」
と愛の言葉を声をかけ、
二つ目には、「お前はバカだ。嫌いだ!」
と罵り、
三つ目には、無視します。
一番早く腐ってしまうのは、三つ目のりんごだという事です。
そして、愛の言葉をかけ続けたりんごはかなりの間、腐らないそうです。
やはり、愛の反対は、無関心なのです。
汚したまま放っておくという事は、愛の反対の行為という事になります。
ですから、「いつもありがとう」と声をかけながら、手入れしたり、埃を取り、磨く事で、ものや場所が輝き始めるのですね。
物や部屋から
「真木さんにやっと分かってもらえた!よし!もっと頑張ろう!」
という声が聞こえるような気がしてくるのです。
こんな事を言うと、
「真木さんて不思議ちゃんやな。」
思われるかもしれませんが、私は、本当に超現実主義です。
だからこそ、この物や空間が喜んでいる事が分かるという事に心底驚いているのです。
結局は、人も、物も、場所も同じなのです。
欲しいのは、唯一これだけ、
I LOVE YOU
の波動だけなのです。
そして、感謝の言葉、
ありがとうございます
は、強烈にI LOVE YOUの波動を持ったパワフルな言葉なのですね。
日本には、言霊という考え方がありますが、正に魂が宿っているんです。
これまで私は、ありがとうを5万回言ったら奇跡が起きたという体験談が書いた本を何度も読んできました。
その中に必ず書いてあるのが、ありがとうの語源は、
有難し
だという事です。
字のごとく、「有るのが難しい、即ち、あり得ない事が起こっている」
という意味なのです。
決して当然では無い、奇跡のような確率で、今があるのです。
私達は、奇跡としか言いようのない確率で、目の前にいる人、もの、場所と出会っているのです。
バイオテクノロジーの世界的権威、村上和雄先生によるとまず、この世に生まれる事自体が、70兆分の1の確率だそうです。
これは、1億円の宝くじに100万回連続で当選するのと同じ書くだそうです。
宝くじに100万回連続で当たるなど、もうそれは、あり得ないにも程があるんちゃうか?と思いますが、私達はそれくらいの確率をくぐり抜けて、この世にやってきたという事なのです。
これは、遺伝子学の先生が本気で言っておられる事です。
ですから、何もかも当たり前では無いということです。
本当に全ての事が、奇跡であり、信じられないくらい、有難き事なのです。
私は、これまで、心のどこかで、当然だと思っていました。
主人が一人で臭くてドラドロの溝掃除をしていても、
「当然や。やるならもっと喜んでやれ!」と思っていたし、(←鬼?(゚ω゚))
母が、玄関にそそくさと果物や野菜を置いていくのを見ては、「お前は、ごんぎつねか!」と思っていました。(←何様?:(;゙゚'ω゚'):)
この「当然やろ!」という思い込みこそ、本当にただの思い違いであり、周りにある大切なものを腐らせてしまう、一番の原因なのだと改めて知る事ができたのです。
どうりで旦那が腐るはずです。
ありがとうございます
は本当に魔法の言葉です。
ただ掃除するのでは無く、
ただ料理するのでは無く、
ただ働くのでは無く、
ありがとうございます
と唱えながら行う事で、触ったものや、周りの空間がI LOVE YOUの波動をまとい、
結果が何倍も出るという、最高の魔法の言葉
なのですね。
今日も、有難き幸せを、身体いっぱいに感じたいと思います。
今日も読んでくださってありがとうございました!
また、お会いしましょう。