2018年4月5日(木)cafe sanaburiリニューアルします
こんにちは!
サナブリ真木です。
今週2月23日(金)最後のaweakning cafeを開催します。去年の6月からやってきて今回が8回目となります。
4回シリーズで2回行い本当に多くの方にご来場いただきました。皆様ありがとうございました。
今回は、一旦最後の締めくくりといたしまして、今、私が感じている
自己実現、本当の自分を生きること
についてをまとめさせていただきたいと思います。
これは、学べば学ぶほど、深く、スケールのメチャメチャ大きい壮大な話でした。
終わりなど無い魂の変遷の話なのですが、現時点で私は、
今、この瞬間に在るということがどれだけ大切で、どれだけ生きやすくなるか
ということを伝えていきたいと思っています。
今回は特にどなたに聞いていただいても、分かりやすい話だと思います。
興味を持たれた方はぜひいらして下さい!
また来年度からは、形を変えて発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、だんだんとリニューアルの詳細が決まってきました。
これまでのサナブリを支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
そして、サナブリシーズン2もよろしくお願いいたします(´∀`=)
どんな風に変わるかと言いますとコンセプトを
イノチが喜ぶごはんとお菓子
に変更したいと思っています。
これまでより更に、もっともっと丁寧に、全ての事を意識的に行っていきたいと思います。
イノチが喜ぶごはんとは、愛のあるごはんの事です。
食べると身体も心もじんわりと温かくなり、生きる為の活力が湧いてくる、そんなごはんを目指していきます。
その為に、一番大切な事は、
心を込めるのを通り越して、本当に祈りながら作ること
だと今の私は感じています。
目には見えなくても、やっぱりあるんですね。オカンのお握りが美味しい理由。それは、やはり祈りなのです。何と言えば分かりやすいでしょうか?
光、愛、気エネルギー、活力素、色んな言い方がありますが、要は栄養やカロリーも含まれていますがもっと大きなイノチが喜ぶエネルギーがしっかりと含まれた食べ物という事です。
全ての事を意識的に、丁寧に行う為に、メニューを減らし、営業時間も少し絞って、スタッフも私も一つ一つの事を集中して行える仕組みを作り直していきます。
私の性分と焦りにより、これまでのサナブリは、効率良く、同時に3つくらいの事を進行しているのが当然という暗黙のルールのようなものが染み付いてしまっているのです。
ですから、必ず雑になります。
心ここにあらずでは、絶対に本物の仕事など出来ない
と身に染みて分かったのです。
何事もそうですが、
今、目の前にあることを100%集中して行うこと
判断せずに、分析せずに、ただただ今に在り、その事を慈しんで行う事。
食べる時は食べる事に、
話を聞く時は聞く事に、
本を読む時は読む事に、
その事自体に集中する必要があるのです。
何をするにも、それ以外の事を考えたり、心配していては、結果など到底期待出来ないと言うことです。
みんなの話を聞いてナイスな相槌を打っている気満々だった私に、主人や子供が、
「お母ちゃんは、いつも全く話を聞いてくれない!」
と怒っていたその理由がやっと分かったような気がします。
子供にも、旦那にも、集中する必要があるのです。
うまくなりたいならば、
成果を出したいならば、
分かり合いたいならば、
まず、100%集中する事
そして、それが出来る環境を本気で作る事
この事を私は食を通して実践し、食を通して提案していきたいと考えています。
集中して食べる事は、集中して生きる事を、学び、そして身に付ける絶好の機会だと思うからです。
子供が小さい頃、授乳しながら、テレビを見ながら、ご飯を食べていた私は、結局、何一つとして成せていなかったのだなと今になって思います。それも貴重な体験ではありますが。
これからは、集中して本物の食事を提供する事にコミットしていきたいと思っています。
そして、リニューアルの目玉として、
お弁当、お惣菜の販売
を始めようと思っています。
これは、私自身が自分の子供に良いものを食べさせたいと思いながらも、忙しさにかまけて後回しにしてきたという、苦い経験により思いついたものです。
もちろん、それは主人に対しても同じです。よく主人が市販の菓子パンを悲しそうに食べているのを見て、私は「可愛そうに...。でもなんか腹立つなಠ_ಠ」と思っていたのです!
私は、お客様に少しでも安心出来るもの、自然に近い形で作られたものを提供しようと頑張っていた一方で、自分と家族が食べる物には本当に無頓着でした。
店のものを持って帰ったりしていましたが、子供の為に作っていなかった事もあるのでしょう。子供がすぐに飽きてしまうのです。
そして、野菜料理より、肉料理、インスタント食品などを食べたがる為、だんだんそちらへ引っ張られ、子供が嫌がらず、早く食べられる物を頻繁に買って帰って食べさせていました。
この買って帰る時に、
「どこで何を買えばいいのか!?」
私は本当に困っていました。
スーパーやコンビニで買うとどうしてもかなりの量の添加物が入っているからです。
私は、身体がとても鈍感になっていたので、自分がそれを食べる事自体に抵抗は無かったのですが、子供に食べさせる事には強烈な罪悪感がありました。
どこかで自分の生き方に大きな矛盾を感じていたのだと思います。
世のお母さん達は本当に頑張っています。疲れ果てて、もうどうにもご飯を作る気になれない日もあるし、指一本動かすのさえ面倒臭いと思う日もあると思います。
子供が待てずにギャーギャー言って、帰ったらすぐ何かを食べさせてやりたい時もあると思います。
そんな時に安心で尚且つ美味しい、お握りやお惣菜を買うことが出来たら、どんなに有難い事だろうと私自身がずっと思っていたのです。
その事を、有機野菜と自然食品の店はらぺこあおむしをやっている私の妹に言ったところ、目を輝かせて、「私は買うよ!!」と言っていました。
妹も0歳と4歳の子供を育てながら、店を切り盛りしている為「ご飯を作る」という事が、本当に出来ない時があるとの事。
そういえば、私と妹は仕事終わりの夕方6:00ごろ、たまにスーパーでバッタリ会うことがありました。
2人とも疲れていて、カゴを持って、ただただウロウロしていたのです。
何かを買いに来たけれど、何を買えばいいのか分からなかったのかもしれません。
私は今、妹の子供や、友達の子供、そして、地域の子供とお母さん、一人暮らしの若者や、仕事中のサラリーマンの方が安心して食べられる、美味しいご飯が買える場所を作りたいと思っています。
伊賀名張の食事の選択肢を少しでも増やしたいと思っているのです。
「炊飯器はセットしておいたから、帰ったら今日はすぐに食べられるよ。」
という日もあって良いのではと思うのです。
そして、お友達が来る時やパーティーの時にお役に立つ、安心でオシャレなもう一品やオードブルもお任せいただけるよう、日々精進していきたいと思っています。
はらぺこあおむしに全国からやってくる有機野菜や愛のある食材で、心のこもったお弁当やお惣菜を作りたいと思っています。
4月5日からは試食会なども行う予定です。
ぜひ、生まれ変わったサナブリを一度見に来て下さい。
(注)サナブリのパッと見た感じは変わっておりません。私の目つきと、旦那の顔色が変わっているくらいだと思います。
ということでリニューアル宣言をします。
2018年4月5日、カフェサナブリは、みのっさんの顔色をリニューアルします!
お楽しみに!
とにかく、皆様に喜んでいただくために、自分達が喜んで、楽しんで、心を込めて、作らせていただきます。
是非、皆様今後ともcafe sanaburiをよろしくお願いいたします。
では、また、お会いしましょう(´∀`=)
名張中学の働く人から学ぶ会に今年もご招待いただきました。私は声を大にして言いたい。少年よ!大志を抱け!
こんにちは!サナブリ真木です。
もうすぐ、バレンタインですね!
今、サナブリでは、バレンタインフェアーとして、チョコレート系のケーキを豊富にご用意しております。
私が、ケーキを考えるのが好きすぎて、どんどん増えてしまうのです^_^;
来週の2月14日の里の市では、ブラウニーにチョコとオーガニックナッツでデコレーションするバレンタインワークショップも行う予定です。
オーガニックナッツのブラウニー1個500円(税込)
こんな寒い中、信じられない事に我々は、毎週、根性出して外でイベントを行っております。
皆様、買うもの買ったらすぐに帰ってもいいので、是非、真冬の里の市にもいらして下さいね(*゚∀゚*)
さて、今年も名張中学の「働く人から学ぶ会」にご招待いただきまして、接客販売の仕事の話をさせていただきました。
いつも話したい事がありすぎる私は、エッセンスを詰め込みすぎ無いように、思い切ってテーマを絞る事にしました。
まず、今時の中学生はどんな仕事に興味があるのかな?と「中学生が就きたい職業ランキング」を調べてみたところ、小学生とは、全く違ってかなり現実的な職業がランクインしていました。
男子
1位 ITプログラマー 、エンジニア
2位 ゲームクリエーター
3位 YouTubeの動画投稿者
私の子供の頃には無かった仕事ばかりです∑(゚Д゚)
女子
1位 芸能人(モデル、歌手、アイドル、女優)
2位 絵を描く仕事(イラストレーター、漫画家、アニメーター)
3位 医師
医師は女子に人気!
このアンケートと一緒に、
中高生の将来の夢ランキング
なるものが載っていました。
その1位を見た時、私は「えー!!」と声を出してしまいました。
日本の中高生の夢の第1位、何だと思いますか?
1位 安定した暮らしをすること
すごくないですか?この若さで、安定した暮らしをすることが夢....。
聞いたところによると、「あなたは将来幸せになれると思いますか?」という質問に対し中学生の93%がNO
その理由は、
大人が疲れている。
みんな、世の中は厳しいと言っているから。
僕達の時代は、もっと厳しくなると聞いたから。
だそうです。
何とまぁ。これはえらいことやなと思いました。
私は、中学生に仕事の話が出来るこの機会に心から感謝しました。
私が話す事のテーマは決まりました。
ワクワクを仕事に。〜イノチの花を咲かせよう〜
私は、鼻息を荒げながら名張中学に乗り込んでいきました。
本来、自分がしている仕事の説明と、どうしたらその職業に就けるかをお話しする場なのですが、私は、そんな事より子供達に本当に伝えたい事がありました。
それは、
仕事は、楽しいよ!!
ということです。
私は中学生の皆さんに伝えました。
/////////////////////
たくさんの大人が「世の中は厳しい」と言っているかもしれないけど、私は毎日思っています。
仕事が楽しい。
ケーキを作るのが面白い。
料理を考えるのが楽しい。
お客さんが喜んでくれるのが嬉しい。
スタッフに教える事も楽しい。
自分が成長出来る事にワクワクしている。
私にとっての世の中は、そんに厳しくない。
大切なのは、どこを見ているかなのです。
私は、自分が好きな事をして生きています。
ワクワクする事、楽しい事を仕事にしています。ですから、何時間でもやっていられるのです。
でも、実はずっと前からそうだったわけではありません。
お店を始めた時は、軌道にのせなければと強く思っていて本当にガムシャラに働きました。
売り上げを安定させるために、
リスクを減らす為に、
やらなければならないと思う事を必死でやっていました。
私は一流になる人というのは、一番我慢して、一番苦しみに耐え抜いて修行した人だと思っていました。
ですが、ある日突然、本当に一流になる人というのは、一番我慢した人では無いと気が付きました。
その仕事が好きで好きでたまらなくて、その仕事以外の事がどうでも良くなった人が、一流になるのだと思ったのです。
好きなことはナンボでもやってられるし、どんどん詳しくなります。好きだから一流になるのです。
作るのも、食べるのも、好きで好きでたまらない人が作った食べ物と、
仕事の為に、生活の為に、我慢して作られた食べ物と、
どちらが美味しいか?
どちらを食べたいか?
その事に気が付いたのです。
私はその日から、不安だからやっていた事をやめようと思いました。
そして、ワクワクする事だけを、本当に丁寧にやろうと決めました。
そうしてみると、仕事が楽しいだけでなく、疲れなくなってきたのです。
私が料理が好きなように、皆さんも、必ず漏れなくイノチの花の種を持っています。
その種に水をやって、どうかその種を育てて下さい。
やらなければならない事ばかりやっていると、イノチの種の声が聞こえなくなります。
安定を求めているうちに、
失敗を恐れているうちに、
「そうは言っても生活が」と言っているうちに、
あっという間に人生は終わってしまいます。
人生なんて、本当にあっという間なのです。
だから、やりたい事に本気で挑戦しないと。
志を高く。夢は大きく。
自分の中にあるものにどこまでも誠実に。
本当に何でも良いんですよ。
そして、やりたい事が見つかった時、その事を誰に相談するかはとても大切です。
ぜひ、その事をやった事がある人に相談して下さい。
どれだけ知識があっても、実際にやった事が無い人には分からない事が沢山あるのです。
「やめとけ。それで食べていけるのはほんの一握りや。世の中そんなに甘くない。」
などと言われてしまうこともあります。
私も、小学生の頃、父に
「私、山田邦子みたいになりたいな。」
と言ったら、
「アホか。お笑い芸人がどれだけ難しい仕事か分かっとるんか!あんなんは、天才しか出来んのや。」
と言われました。
私は、その時、私はお笑い芸人にはなれないのだなと思いました。
でも夢を叶えている人は実にたくさんいます。
なれるかなれないかなど、実際にやってみなければ分からないのです。
君達の夢を聞いて、自分が安心したい人では無く、君達を応援したい人に話すことです。
その事をやった事がある人ならば、多くの場合応援してくれますし、どうしたらいいかを教えてくれます。
皆さんには、本当に無限の可能性があります。
皆さんのイノチを、生活の為に使うのでは無く、
イノチの花を咲かせる為
にぜひ使ってください。
私は心から応援しています!
/////////////////////
私の、あつ〜い話が終わって質問タイムに入ったのですが、一発目の質問が、
「収入は安定していますか?」
でした。。。∑(゚Д゚)
き、聞いてた??(´;ω;`)
これは、山田邦子になりたかった私への、ナイスアシストなのかと思いましたが、
「収入は全く安定しておりません。オホホ。」
と丁寧に答えさせていただきました。
私は、本当に若者に言いたい!
「少年よ!大志を抱け!」
そして、大人に言いたいです。
子供達が大人が疲れてると心配しております。
子供に世の中の厳しさを語る前に、
生きることの喜びを語りましょう!
私達大人の責任は、本当に重大だと思います。
足元の心配をすればするほど、その心配から抜け出せなくなるものです。
子供が安心して自分のイノチの種を育てられる世の中を作りたいと心から思ったのでした。
その為にも、まずは、
大人が心の底から安心する事が大切だと私は思います。 安心して初めて私達は、
本当に自由になれる
のではないでしょうか?
今日も読んで下さって、誠にありがとうございました。
今日もわたくし、安定しない仕事を頑張ります!
あ~あ。安定したいな。安定している人、どうしたらいいかを私に教えて下さい!
(注)たまに本当に教えて下さる方がいるので念の為、書いておきますが、これは冗談です。
では、また、お会いしましょう!
何故、こんなに長い間、私は食べる事への執着に苦しんだのか?やっとその答えが分かったような。
こんにちは!サナブリ真木です。
最近とっても寒いですね。皆様いかがお過ごしでしょうか?
わたくし、最近、自分のパソコンを買いまして、やっとパソコンでブログが書けるようになりました!
なんと!わたくし、今まで3000文字のブログ携帯で書いてたんですよ(*_*)
これから、どんどんPCならではのテクニックを使っていきますのでお楽しみに!☚どういうこと?
現在、私は、毎日サナブリのリニューアルの事を考え過ごしています。
そこで日々感じることが、創造するってめっちゃ楽しいなぁ(*^^*)ということです。
時代は変わっていくし、人間は必ず成長していくので、きっと変化の時というのが必要なんですね。
私は何故か、ものすごくノリノリで今の自分に必要なものを選び直し、それ以外のものを手放す準備を進めております。
ついでに断捨離をしようと思い、家にあるもので必要なくなっているものを探しては、捨てるということを繰り返しています。
私の場合、身の回りにものがごちゃごちゃしている時は、必ずと言っていいほど、頭の中がごちゃごちゃしています。
とにかくスッキリ身軽が一番だと思い、入れない!溜めない!を頑張っています。
後は身体に溜まった毒素や脂肪を断捨離出来たらホンマ最高やなぁと思う毎日です。
そこで今日は、
何故私がこんなにも、毒素と脂肪を溜め込むことになったか
について書きたいと思います。
いや!真木さん、それはどうでもいいわ!と思われた方も多いと思いますが、これは本当にとても大切なエッセンスが詰まった話ですので、ぜひとも最後まで読んでいただけたらと思います。
私は5人兄弟の2番目として生まれ、兄弟の中でも食べる事への執着が何とも異様な子供でした。
いつもいつも、冷蔵庫を開けて母に「何か美味しいものない~?」と聞いていました。
私の母は、その時期、特に自然食品や、身体に負担をかけない食べ物を選択していて、
「はい、美味しいもの」と言って、梅干しの赤ジソをご飯に少しのせて差し出してきました。
子供の私が求めていた甘いものや、カラフルなお菓子などは、全く家にはありませんでした。
食事は玄米と、野菜が中心で、少しの肉と魚、おやつには、母がさつまいも入りの蒸したまんじゅうや、はったい粉を練ったもの、たぬきドーナッツなる謎のお菓子をよく作ってくれました。
ケーキやパンやレストランで食べるようなスパゲッティやグラタンに、私は憧れ、その想いは日に日に強くなっていきました。
5歳になった頃、私は「もうこれは自分で作るしかない!」という並々ならぬ決意をし、料理人生が始まったのでした。
その後、お小遣いをもらうようになると、母に隠れてお菓子やジャンクフードを買うようになりました。
高校生になると、アルバイトして稼いだお金で、すごく外食するようになりました。
どれだけ食べても満たされず、いつも食べる事ばかり考えていました。
高校生の時初めて彼氏が出来たこともあり、その頃から、太ることへの恐怖心と、母に内緒で粗悪なものを食べている後ろめたさから、食べる事に罪悪感が付きまとうようになりました。
罪悪感を感じれば感じるほど、私の食べる事への執着は抑えられなくなっていったのです。
社会に出て、働くようになると、様々なダイエット、食習慣の改善、食事療法などにも挑戦しました。
何十種類も試したと思います。
一定の結果は出るのですが、その後、必ず反動でリバウンドが起こり、罪悪感はどんどん私を蝕んでいったのでした。
私はとにかく太ることが怖くて仕方なかったので、長い間、痩せさえすればきっと満たされて幸せになれるだろうと思ってきました。
ですが、今考えると私の悩みの原因は、太っていることではなかったのです。
私が苦しかった一番の原因は、自分の身体に一致感が無かった事だと思います。
要するに、
今の自分が本当の自分ではないこと
が苦しくて仕方なかったのです。
太っていようがガリガリだろうが、本当の自分を表す身体ならば、必ずそこには一致感があると思うのです。実際にどんな体型でも自分の身体が好きな人も沢山いると思います。
顔や声や仕事や役割もそうだと思います。
どんなものであっても、本当の自分のそれならば、やっぱり一致感があるのです。
何か違和感がある。好きになれない。どうしても許せない。
そう感じるとしたら、それはきっと何らかの魂からのメッセージなのではないでしょうか?
私はとうとう、食べても食べても、どうしても満たされなかった、その理由を知り、そのことを心底理解し、満たされるという体験をし始めることになりました。
その理由とは、食べ物を物質として食べていたことによるものでした。
私にとっての食べ物は、口を喜ばせるものであり、カロリーであり、栄養であり、私を焦らせ苦しめるものでした。
でも私が本当に欲しかったのは、
物質としてのエネルギーでは無く、愛としてのエネルギー
だったのです。
私は愛のエネルギーを全身全霊で欲していたので、とにかく食べて食べて食べまくりましたが、愛として身体に入っていないので、足りない!足りない!といつまでたっても心が叫んでいたのです。
私がこのことを実感できたのにはいくつか理由があるのですが、ひとつは、
身体に良いものでは無く、愛のあるもの(心を込めて丁寧に作られているもの)だけを食べようと決めたことです。
それを感謝して味わって食べるようにしていると、顕著に満たされ具合が変わるなぁとはっきりと分かってきたのです。(今更何を言っとんねんという感じですが( ;∀;))
どうしても、どうしても、自分の食事には、手間暇をかけられず意識的になれなかった私は、ここまで来てやっと「何をどのように食べるか?」という食べ方は、生き方そのものだということを理解したのでした。
そして、もうひとつ、大切なことを思い出したのです。
母がよく作ってくれたおにぎりの事です。
小1の時、私は熊本の山奥の小学校に通っていました。
徒歩で50分ほどかかるため、土曜日だけ母がおにぎりを持たせてくれました。
それは、す~っぱい梅干しが入った特大の丸いおにぎりで、紫色の海苔がガバーっと巻いてあり、いつもアルミホイルにぎゅうぎゅうに包まれていました。
そのおにぎりの美味しいこと!
私にとっては、世界一美味しいおにぎりでした。
あれよりも美味しいものがあるだろうか?と最近よく思うのです。
きっと母が、私のために愛を込めて作ってくれたからだと思います。
山道を歩きながら母の愛情たっぷりのおにぎりを食べた時、私は本当に心から満たされていた・・・・。
あれこそが愛のエネルギーを身体に入れるという事ではないかと思ったのです。
食べ物だけではありません。私達は本当に多くのものを欲しています。
お金、もの、刺激、人間関係・・・。
でも本当に心や身体が求めているのは、愛。
愛があるものでなければ、どれだけたくさん所有してもやっぱり満たされないのです。
なので私は、心も身体も満たされる、おかんのおにぎりのようなものを提供できる店が出来ないかと思っています。
働きながら子育てしているお母さん達が、本当に疲れていたり、時間が無かったりする時に、子供に安心して食べさせられる、イノチが喜ぶごはんを提供出来ないかと思っているのです。
店で食べるだけではなく、
お母さんの代わりに、真木さんが愛を込めときましたよ!
というお惣菜やお弁当が販売出来ないかと現在、試行錯誤しています。
これからは、本当に食べものを通して愛を発信していきたいと思っています。
最後に、結論です。
私が何でこんなに、毒素や脂肪を溜め込むことになったのか?
今の私の答えはこうなります。
私が、食べ物から愛をいただいているということを知り、その事を体験する為
私の周りには愛のある食べ物(答え)があったのに、私はず〜〜っと違う場所を探していたという事です。
私はイノチが喜ぶ本物の食べ物を作る(自分の役割を生きる)為に、本物の食べ物とは何か?を知るという私にしか出来ない体験をさせてもらったのでは無いかと思うのです。
本物を知る為には、
本物では無いものを知る必要があった
ということです。
悩みの真っただ中にいる時は、本当に苦しいし「なんで私はこんな事も出来ないの?」と思います。
でも、きっと自分ならではの役割を生きた時、「なるほど。私はこのことを知る為に、必要な体験をさせてもらったのだなぁ」と妙に腑に落ちるのではないでしょうか?
思いっきり痩せて別人になってから書きたかった内容ですが、頭をよぎったらすぐに言いたい私・・・。残念。
ホンマに別人になったら、本でも出します。
「サナブリ真木のこれで最後のダイエット!心が満たされれば身体は変わる!~恐るべしおかんのおにぎりのパワー~」(はらぺこあおむにていつか発売)
今週の26日は、aweakning cafe を開催します。まだまだデッカちゃんな真木さんですが、よろしければ会いに来て下さいませ!
では、皆様、最後まで読んで下さってありがとうございました!
またお会いしましょう!(^^)!
2018年春 サナブリのリニューアルを考えています。
明けましておめでとうございます。サナブリ真木です。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
いつの間にか、ドイツから帰って来て、1か月も経ってしましました(;''∀'')
「帰って来たら報告しま~す」とか言いながら、音沙汰無しで申し訳ありません!
「真木さんドイツで何かあったん?」と思われた方もおられるかもしれません。
何かあった事は間違い無いのですが、何をどう話せば良いか分らぬまま、年末の忙しさに埋没しておりました( ;∀;)
思い切って飛び込んだドイツでの学びの旅でしたが、本当に素晴らしい体験をさせていただいたと思います。
とにかく沢山の気付きをいただきました。
様々な学びの中で、ひとつピックアップしてシェアさせていただきますと、ドイツでいただいた食事は、飲食店を経営する私にとって、大きな衝撃を受けるものでした。
滞在中は、ずっと、ラクトベジタリアン用のオーガニック食を1日3食、アシュラムの中にあるダイナーズでいただいていました。
毎度、本当にシンプルで、サラダなんかは、1種類の葉物に自分好みで、醤油と塩、オリーブオイルをかけるだけのものだったり、ある日のランチは、野菜のハーブ煮込みとクスクスだけだったりと、全く彩や飾り気など無いのですが、食べると感謝が湧いてきて、じんわり満足するという不思議な食事でした。心も身体も満たされ幸せを感じる・・・。
何故そのような食事が用意出来るのか?私は、
「これは、決して作る人の技術や知識のなせる業では無いなぁ」
と感じました。
食べた人が美味しく感じることや、やみつきになることを目的に作られた料理ではないからです。
そして、もちろん、自分の技術やセンスを認めてもらうために作られたものでもありません。ですから本当に素朴なのです。
きっと、神様に、それから食べてくれる目の前の人に、そして食材達のイノチに感謝して、ただ捧げる事を目的として、祈りと共に作られているのだなぁと感じる...そんな料理ばかりだったように思います。
写真はカフェのスイーツです。
私には、ダイナーズで働く人達が、一人残らず、とにかく素で、効率の良さや、生産性を価値基準とした、優劣や正誤の判断の中にはいないように見えたのです。
やはり、どうやって行うのかよりも、
何の為に行うのか?
どんな存在として行うのか?
そのことを大切にしたいと強く思ったのでした。
今月もaweakning cafeを行います。
2か月ぶりの開催になります。ドイツでの気付きや、最近また新たに要らなくなって自然と落ちていったこと、決意して手放したこと、などなど、等身大のわたくしの素の状態でお話しさせていただけたらと思っています。
この手放すというのは、本当に奥が深いですね。でも執着を手放せば、必ずそのことから自由になれる。この体験は本当に私の生き方を大きく変えてくれました。
ぜひ初めての方も気軽に聞きに来てください!
テーマ:苦しみが平和に変わる【手放して自由になる】
日時:1月26日(金)15:00~17:00
場所:cafe sanaburi
料金:2500円
ケーキセット付になりますので参加される方はご予約をお願いいたします。
皆さんにお会い出来るのを楽しみにしております!
さてさて、タイトルにもありますように、わたくしサナブリ真木は、現在cafe sanaburiをリニューアルしようと考えています。
理由は、自分自身が次のステージに進みたいと思ったからです。
元々、サナブリのコンセプトは、
地元の良いものを紹介し、地元のより多くの方に喜んでいただく。
感謝を通して、地元を元気にする。
というものでした。
そのコンセプトに沿った店を作る為、手作りにこだわりながらもスピードや効率も重視し、薄利多売で回る仕組みを作る為の営業時間、メニュー、スタッフ構成を考えていました。
ですが、昨年、経営方針を、
すべてのものに愛を込める
に変更することを決めました。
それからは、どうしたら愛が込められるのか?
どうしたら本当に身体も心も元気になれる商品やサービスが提供出来るのか?
そのことばかり考えてきました。
そして、今あるものをそのままにして、コンセプトを変えるのは不可能だという結論に辿り着きました。
どう考えても、コンセプトから切ってすべてを決めていかなければ、何もかもがチグハグになってしまいます。
チグハグは、本当に迷いを生み、無駄なエネルギーを使うことになるなと感じたのです。
よくあることだと思いますが、目の前にある現象的なことに囚われていると、いつの間にかここはどこ?という場所に辿り着いてしまったりするものですよね。
以前私にはこんな事がよくありました。
「今日こそは、やせる為に8:00には家を出てウォーキングするぞ!」と決めていたのに、子供がなかなか起きてくれず、バタバタしているうちにだんだんイライラしてきて、何とか学校に行かせたものの、子供が時間切れで残した朝ごはんのホットケーキが無償に気になってしまい、どうせ食べるならより美味しく!と冷蔵庫に蜂蜜を取りに行ったら、昨日もらったお饅頭のことを思い出してしまい、いつの間にかワイドショーを見ながら神妙な顔でお茶とお饅頭を食べていたりしたのです!
もし、私が
「愛を込めるとは言ってもな、、、今の店の家賃と今の従業員の給与を払わなあかんから、まずは売上を上げないと話にならへんし、せっかくここまでやったんやから、今あるものを使わな勿体ないしな、そうなると、やっぱり、利益率を上げんといかんな。何か安く出来て、早く出せて、うまい!ものは無いもんかいなぁ~。」
などとい言っていると、最終的に余った時間で愛を込めようとしたり、いかに効率よく愛を込めるかを練習し出したりというような、「ところで一体何がしたいの?」という状態になってしまうのです。
結局、何がしたいのか?
そのためならどこまで手放せるのか?
これこそが結果を決める1番の要因だと思うのです。
このことが、明確に強く決まっていればいる程、そこに力強く近づいて行けるのではないでしょうか?
ですから、私は、サナブリを1度壊してコンセプトから作り直したいと思っています。
人は創造を繰り返して成長すると言いますが、創造するためには、必ず破壊が必要です。
一流の陶芸家の方が、十分高値で売れると分っていても、今の自分が納得しなければ、すぐさまその作品を割ってしまうように、昨日の自分を超えていく為なら、躊躇無く他のものを捨てなければならないなという思いが、だんだん湧いてきたのです。
安定や保証を求めて流れる水をせき止めると、たちまち水は澱んで濁ってしまいます。何にしてもサラサラと溜めこまない体質を目指したいと思っています。
これは、本当にまだまだですが"(-""-)"
今の私が本当にやりたい店は、
食ベてくれる人が
心から安心できますように。
笑顔になれますように。
元気になれますように。
幸せになれますように。
と祈りながら作ったものを、祈りと共に提供できる。そんなレストランです。
今は、そのことが何よりも大切ではないかと思っているのです。
食べる事は生きること。
イノチをいただくということ。
それは、愛をいただくということ。
その食事を作らせていただくのに、祈らずに行って良い筈がない。
その為にどこまで手放せるか、これから挑戦したいと思っています。
自由に、伸び伸びと、楽しんで、サナブリシーズン2を創造していきたいと思っています。
今の目標は4月中旬頃ですが、また何か決まりましたらお知らせさせていただきます!
(もし、リニューアル後にサナブリがあんまり変わってなかったら、私の肩をポンポンと2回叩いた後、私の目を見て頷いて、「ドンマイ」と言って励まして下さい( T_T)\(^-^ ))
では、皆様2018年もサナブリを西木家ともども、どうぞよろしくお願いいたします!
ありがとうございました~!
またお会いしましょう(^_-)-☆
明日からドイツのフランクフルトに行ってきます!
こんにちはサナブリ真木です。
わたくしサナブリ真木は、明日11月28日の早朝から、8日間、ドイツのフランクフルトにあるアシュラムに行って来ます。
主人がインドに行くと言う2、3日前に、馬渕さんを通してメッセージをいただき、私がドイツに行かせていただく事が決まりました。
店をそんなに長い期間あけた事が無く、子供と2日以上離れた事が無かった私にとっては、ドイツ行きは少し勇気がいる決断でした。
ですが、私は、今に在るという生き方を目指すようになってから、準備が整ったら行動するのでは無く、例え足場が見えなくても、流れが来たら、一歩を踏み出すようにしてきました。
その結果、当たり前の事かもしれませんが、全く想像しなかった今が展開されています。
2017年11月は、私達西木家にとって忘れられない月になりそうです。
主人がインドから帰ってきて、数日たった時、娘が2人とも体調を崩しました。
主人も疲れが出たのか、発熱を繰り返していたし、私も色々と変化の時で、私達家族は多少疲れていました。
その中でも長女の夢乃は、喘息発作が重症化し、入院する事になりました。
喘息の発作がハッキリと出たのはこれが初めてでした。
今は、すっかり回復し、3日前に退院することが出来ましたが、子供の入院は24時間保護者による付き添いが必要だった為、私は主人と交代で病院と店を往復する事になりました。
不思議なもので、そんな生活の中でこそ気付かせていただく事がたくさんあり、これも全ては宇宙の恩恵なのだなという確信と共に感謝の気持ちが育っていくのでした。
私は今まで、嬉しい事、楽しい事、成長できた事には、素直に感謝出来ていました。
でも、思い通りにならない事、悔しい事、悲しい事、許せない事には、どうしても、何とか無理してでもポジティブに捉えようとする癖が染み付いているという事に気付かせていただいたのでした。
今回のこの経験により、自分に起こった事、自分に起こってくる感情を、良いとか悪いとか判断せずに、無理してコントロールしようとせずに、ただ眺めておくということの意味が少し分かったような気がしました。
怒っている自分、痛がっている自分を、ただ眺めておく。
今、起こっている事は、自分が他でもない自分の意識状態により作り出した現象である。
そして、この現象は、現れた事で終わって行くのだという確信と共にただただ、眺めておく。
判断せずに…。
この事を心掛けているうちに、だんだん、
本当に何とかしなくていいんだなぁ
という事が感じられるようになってきました。
本当に、全ての事に意味があり、全ての事が恩恵なんだと思います。
何をどう受け取るか?
それは、その人の意識状態にかかっています。
そのままを受け取れる自分でありたい、
何があっても宇宙の愛だけを受け取れる自分でありたい
そう強く思った1ヶ月でした。
このタイミングでドイツに行く事は、私の生涯の中でもきっと大きな意味のある、忘れられない体験になるだろうと思います。
店は主人とスタッフにお任せし、子供は子供自身と家族ににも協力してもらって、ドイツで最高の体験をしてきます。
また、帰ってきたら報告させていただきます。
それでは、皆様、行ってきま〜〜す!
またお会いしましょう!
グーテンターク(´∀`)!
ここまで来てやっと気付かせてもらった、私の大部分を占めていたエゴ
おはようございます!
サナブリ真木です。
今日は、これまで、いらない荷物をおろして、軽くなったな〜!と思って生きていた私が、自分の認識していない所で、思いっきり握りしめていたエゴについて書きたいと思います。
それは、前回も書きましたが、
「母から無条件にもっと愛されたい」
と願う、愛への渇望に起因するものでした。
その事に気が付いた私は、毎日毎日、驚くくらい自分の言動が純粋な発露ではなかった事に気付かされています。
私が、これこそ愛だと思っていたもの。
それは、実は
人を喜ばせたい
という愛とは何の関係の無い、エゴそのものだったのです。
一見この、人としてノーマルにも思える感情は一体どこから来ているのかということです。
それは、私自身が愛されたいという飢えからきていました。
これこそ私の長所だと思っていた、
サービス精神、
スピーディなレスポンス、
人を笑わせる事
責任感
沢山の事が、人を喜ばせたい一心で行われてきたということです。
これは本来、とても不健全な事です。
本来の自分の純粋な発露に蓋をして、人の為に、自分を殺して行われてきたこととも言えるでしょう。
私は、明らかに人の顔色を見て、好かれる為の行動、自分が傷付かない為の行動をしている人を見て、
「この人は、自分の人生を生きていない。自分の発露こそを大切にしないと。」
と思っていました。
それなのに!正にそれは私自身の事だったと分かったのです。
これを知った時には、結構な衝撃がありました。
不安を源にして生きる事をすっぱり止めたつもりでいたのに、大きな爆弾を抱えていた事が分かったのです。
面白い事に、その事が分かってから、私は色んな事が急に出来なくなりました。
サービスの仕方や、スピーディなレスポンス、楽しいおしゃべり、責任感のある行動を取ることが怖くなりました。
自分がやっている行動、言動、一つ一つに疑いが生じたからだと思います。
私のパワーの源であった、
喜ばせたい
という気持ちが萎れてくると、脆く、疲れやすく、怒りっぽい、蓋をしてきた自分が顔を出したのでした。
私は、急にイライラし始めました。
そして、急に、私の言葉は人に伝わりにくくなり、更にイライラは募りました。
自己信頼が減り、何が何だか分からないと言った心境でした。
何とも、ダイナミックにぶっ壊れたという感覚でした。あまりにも早く現象化していく事に、得体の知れない怖さも存分に味わいました。
ですが、
やはりこれこそが、
神様からのプレゼント
だったのです。
私は、自分の力ではどうにもこうにもならないくらい、八方塞いでももらった事で、本気で祈る事を始める事が出来ました。
「神様、どうか私をお使い下さい。私が神様に本当に使ってもらえるように、痛みを終わらせられるよう見守っていて下さい。」
と強く願うようになりました。
私は、きっとこのブログをサービス精神により書いてきたのだと思います。
読んでくれる人の期待に応えたくて、間口を広げたくて、なるべく、誰からも受け入れられたくて不純物も、きっと沢山混ざっていた事だと思います。
私の毎日の暮らしの中にも、不純なものが沢山あり、スイッチがONの時とOFFの時の差は、私を潜在的に苦しめていました。
宇宙の一体性を学びながら、この世の中でこそうまくやる、そんな良いとこ取り出来ないものかと心のどこかで思っていました。
人の世でこそ成功したいという、強い思いがあったのです。
みんなに認められてこそ、本物だという思い込みもあったと思います。
ですが、この体験により、「私が愛されたい」という発露を捨て、本当に普遍意識の通り道にならなければ、本当の仕事など出来ないのだという事を改めて教えていただいたのでした。
私が学んでいる事は、宇宙から価値を得ましょうという話ではありません。
ただ宇宙に捧げましょう。
という話なのです。
これからは、
人にサービスする為ではなく、
人を喜ばせる為でも無く、
ただ、神様を喜ばせる仕事をしていきたいと思います。
その為に変えなければならないことは、沢山あります。
やめなければならない癖も沢山あります。
傷付けること、壊れること、まだまだ怖い事も沢山あります。
日々、どの瞬間も選択を迫られると思います。
それでも、私はやはりこの道しか無いと思っています。
今、きっと人類は変容の時にあるのでは無いかと思っているのです。
気付いた人から変わらなければ、地球が保たないのでは無いかと思っているのです。
今、私の激しい壊れっぷりを、主人が大きな愛で、眺めてサポートしてくれています。
これまでは、私達夫婦は、肝っ玉母さんと出来の悪い息子のように現れていましたが、今は私が激しく脆い子供のようになり、主人は男らしく頼り甲斐が出て来て別人のようです。
本来の私達の形に戻りつつあるようです。
これからも、一歩一歩、丁寧に進んでいきたいと思います。
11月24日は、サナブリでaweakning cafeを行います。
今回のテーマは、
今に在るという生き方
です。
今回は、正に今に在るを体験しに行った主人にインドの話をしてもらおうかと思っています。
私からも、このぶっ壊れ体験を通して見えてきた、本当に今に在るとはどういう事なのか?
ということを皆様と共有させていただきたいと思います。
サナブリのスイーツを食べながら、本気で自分と向き合い、本当の自分と出会う、そして、それは自分ではなく神の一部としての自分なのだと気付くという、宇宙の真理を共に学びましょう。
ピンときた方は、ぜひご参加下さい。
今日も1日感謝して過ごしたいと思います。
またお会いしましょう。
いつもありがとうございます。
主人がインドに行って1週間がたちました。私にも色々と変化があります。
こんにちは!
サナブリ真木です。
主人が日本を発って1週間が過ぎました。本人が10日間の旅だと言っていたので、そう思い込んでいましたが、よく数えてみたら12日でした!!
結構行くのね(*゚∀゚*)
主人はインドの田舎にいる為、ネットがあまり繋がらないようですが、ちょこちょこラインで日記のようなものを送ってきます。
一部を抜粋するとこんな感じです。
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11月1日の出来事
午前中、同じ宿泊客であるオーストラリア人ファミリーと近くの集落を散策に出かける。村を抜けて田んぼの畦道を歩くこと2時間半。
午後は原始的なマーケットに連れて言ってもらい、サンダルを買う。そしてサリーは買わされる。
カレー三昧と覚悟していたが、未だ食べていない。
2日の朝、乗るはずの列車は、大幅に遅れており、着く頃には7時間くらいの遅れになると宿のオーナーが断言している。今日はどんなガイドがサポートしてくれるのやら。
11月2日の出来事
宿の送迎車とバスでなんとか夕方にバスター県のホテルに到着。危ないから出歩くなとガイドブックには書いてあるが、夕飯探しに出かけてみる。親切な若者が店まで送ってくれると言うので乗ったバイクは、人生初のノーヘル3ケツ。でもインドでは4ケツすら驚かない。
スマホは宿でしか使えない。
英語も上手ではない。
いろんなものが削がれて行くことに不安だったが、常にちゃんとサポートがあることは感じている。
11月3日の出来事
ホテルに頼んだタクシーで、午前中は地元では有名な滝へ、午後は民族博物館とバスター村へ行く。バスター村については、みんなから散々行く意味がないと反対されてなかなか行かせてくれない。
でも午前も午後も、頼んでないのにドライバーが寄ってくれた場所に運命を感じた。そして旅で初めてメッセージもあった。やはりここに来ることになっていたのだと、恩恵を感じる。
11月4日の出来事
午前中はヒンドゥー寺院へ、午後はビーチへ行く。夕方からはもう一度スマホのネット接続に挑戦しに店に行き、3時間かけて繋いでもらえた。これでかなり旅がしやすくなった。
早速今夜のコルカタ泊の安宿をネット予約。700円の宿は想像以上に酷くて絶句したまま床に着く。まあ普通の宿よりは話のネタになると思うことにする。
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みのっさんが、インド人とノーヘル3けつ!!
想像すると少し笑える(´∀`*)
無事に、旅を満喫しているようです。
このインドへの1人旅は、主人にとって、計り知れない価値があるに違いないと感じます。
何故ならば、きっと、主人にとってインドは、要らないものが削ぎ落とされる最高の場所だろうと思うからです。
自分の人生を生きる為に必要な事は、そんなに多くないのに、いつの間にか、私達は、沢山のものを握りしめていました。
手放せないものだらけになっていました。
これを認めたら、これが無くなったら、私が私では無くなってしまうんではないか?
無性にそんな気がして必死でもがいていました。
でも、意外にも、
足し算の生き方から、引き算の生き方に変えた途端、私も主人も本当の自分に出会い始めたのです。
主人はきっとインドの田舎の畦道を歩きながら、生きている事とその事に対する喜びを実感していることと思います。
私もつい最近、まだまだ握りしめているものが沢山あるのだなぁという体験をしました。
それは、何故私がこんなに「愛」にこだわっていたのかに気付く良い機会になりました。
その体験とは、実は、私自身が
「条件無しの愛にすごく飢えている」
という事を知るという体験でした。
私の両親はとても真面目で誠実な人です。
特に母は、エゴがとても少ない人です。
なので、私は兄弟全員が絶対的な母性により受容されて育ったと思っていました。
惜しみなく愛された事は間違い無いのですが、そのようにして育つ過程で5人兄弟という事もあってか、幼かった私は何かの勘違いをしたようで、足りない、もっと愛されたいと魂に刻み込んだようなのです。
もっともっと!
まだまだ!
頑張れば、必ず特別に愛される私になれる!
と信じて走り続けてみて、
その不自然さに気付き、手放す事にフォーカスしている今も尚、絶対的な受容を求めて止まない、強くて脆い私がいる事が分かったのです。
何故、私がこんなに、愛になりたかったか?
それは、
私自身が愛されたかったから
という事です。
この事を私は認識していませんでした。
愛への渇望をハートで理解した時、急に涙が溢れ、本当に子供のように泣けてきたのでした。
それから、また一段、自由になる事が出来ました。
愛に飢えていた事で、
意識的に集中して食べる事が出来なかったり、
言うべき事が言えなかったり、
また言わないでいい事を言ってしまったり、
深く内側にアクセスせずに動いてしまったり、
そんな浅はかな自分を責めていた私は、また少しずつ変化し始める事が出来たのでした。
こうして、もうこだわりも理想も、本当に無くなってきたな〜〜。と思っていても、更にまだ握りしめているものが後から後から出て来ます。
まだまだ、これこらも、どんどん、身軽になっていくのだな〜と感じたのでした。
この事を分からせてもらえたのは、間違い無く、主人の変化による恩恵です。
主人の準備が出来たどころか、私を追い越して行ったので、私もまた子供に戻って大きな荷物を下ろす事が出来たのだと思います。
嫌われない為では無く、
愛される為でも無く、
私は私を生きたいと思います。
それは、自分と宇宙との一対一の関係に、どこまでも誠実に、どこまでも真剣に生きるという事です。
それだけが、いただいこのイノチを燃やす唯一の方法だと私は思っているのです。
主人が帰って来たら、また報告させていただきます。
今日も読んで下さってありがとうございました。
また、お会いしましょう!
ナマステ〜〜!